プロ馬券師になりたい。

しょうらいのゆめはぷろばけんしです。※本気で競馬で勝つことを考えるためのブログです。

レース厳選は無駄。自信度なんて幻想に過ぎない。

モケです。

購入レースは選ぶべき論者だった僕が、意見を180度変えて記事を書きます。

レース厳選は無駄

今回の記事の内容は、レース厳選について。

レース厳選とは、3場36レースのうち、全てを予想した上でその中から数レースのみを買うという考え方。

36レースのうちから自信のある数レースを選ぶのだから、的中率が高くなりそうだし、良い考え方じゃないか。

と、僕もそう思っていた。

だけどこの考え方が通用するのは、まだ予想が大して上手くない時期だけだ。

ある程度の予想力を身に付けたのなら、全く意味のない考えになってしまう。

予想力があればレース厳選は不要

まだ予想を上手くできないなら、レース厳選はとても意味のある行動となる。

例えばどういう人かというと、固いレースしか予想が当たらないという人。こんな人は、固いレースを選んで買う方がそりゃ的中率は上がるだろう。

他には、例えば他人の予想に影響を受け過ぎてしまう人。そもそもそういう人は自分の予想を確立できていない。

予想力を身に付けたら、自分とは違う予想を見ても「この人下手だな」とか「この人はそういう予想軸ね」くらいにしか思わなくなる。

競馬予想をまだ確立できていない人にとっては、レースを厳選することが大切なのは否定しない。

でも競馬予想をある程度出来るようになったのなら、そのレース厳選という考え方は捨てるべきだ。

それはなぜか。

予想が上手ければ、厳選したレースでも厳選しなかったレースでも、的中率は変わらないから。

これは一見、暴論のようにも見えるだろう。

「予想が上手くてもレースによって自信度は異なり、的中率にも差が出る。」と思うかもしれない。

実際僕もそう考えていたが、この考え方は間違いだった。

レースによって自信度を付けている人は大勢いる。

しかしその自信度は、確立された予想の上では無意味な存在であり、幻想だ。

確立された予想で、いつも通りの手順を踏んで導き出された予想結果は、自信度に関係なく、当たるときは当たり、外れるときは外れる。

これが極々当然の事実であり、僕はそれにようやく気付けた。

我々がレースを選んでいるのではない。我々はレースに選ばされているのだ。

この文言が書きたくて記事を書きましたw

「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ」的な。ね。

レース厳選は、感覚的にはレースを自分で選んでいるように思えるけど、それは本当に自分で選んでいるのだろうか。

レース厳選と言えば聞こえは良いけど、要は「当たりそうなレースを買う」ってだけだよね。

この「当たりそう」っていうのがつまり「自信度」なのだと思うけど、「自信度」という概念そのものが幻想なのは説明した通り。

確立された予想方法を持っていれば、自信度は全く意味をなさない。自信があろうとなかろうと当たるときは当たり、外れるときは外れる。

レースを厳選するとき、我々がレースを選んでいるようで、実はレースに選ばされているのだ。

何を言っているのか僕自身もよく分からないですw

ただレースというものにもし意思があるとすれば、レースに選ばされているという感覚に、僕は納得しました。

レースを選ぶな。予想が完了したなら買え。

というわけで、レースは選ぶものではない。

予想を始めて、中断をしない限り、予想結果が完成したのなら、買うもの。

当たり前のことのようで、当たり前になっていない、そんな考え方。

ただし予想がまだ確立できていない人は、レース厳選は有効だよ。続けましょう。

そして予想が上手くなったら、レース厳選という考え方を捨てましょう。

複コロにおいてもレース厳選は無意味

僕は複コロ馬券師なんです。

複コロの考え方を極めて、リスクを小さくさせると同時に魅力である転がす爆発力をそのままに、複コロをしている。

複コロという馬券術を使っていたせいで、このレース厳選には長いこと惑わされた。

複コロにおいても、レース厳選は意味がないことを明言しておく。

複コロは競馬のセオリーである「的中率よりも回収率」とは真逆の「回収率よりも的中率」という馬券術。

そんな馬券術においてさえ、レース厳選は意味をなさない。

この記事は終わりですが

「レース厳選は無駄」なんて記事を書いてしまって、過去の記事と矛盾が発生しているかもしれない。

ま、しゃーないっすな。

修正が必要だったら、修正するだけです。

予想力が前に比べて上がったことは自分で分かるんだけど、けど別に前に比べて新しい視点を持ったとかじゃないんだよね。

前から持っていた視点の使い方が上手くなったというか。

知識と経験という積み木のブロックがあって、その積み方が上手になったというか。

そんな感じ。

おしまい。